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背中 [ショートストーリー]

 店の業務と関係ありませんが、ショートストーリーを書いちゃったのでここにさらします。


 ちょっと寄ってこう、と言って航くんは店に入って行ってしまった。
「また本屋ぁ?」
 文句を言いながらその背中を追う。だってデート中だし。
 っていうか、デート中に本屋ってどうなの。外は五月晴れでしょ? いつもなんだよ。古本屋だろうが普通の本屋だろうが関係なし。目に入ると必ず入ってっちゃうんだから。
 まぁ、学年でも上の方にいる優等生さんだからしょうがないのかもしれないけど。
 下の方にいるあたしなんかが彼女ですいませんって感じなんだけど。
「航くーん」
 もう棚から抜いて読み始めてる。生返事。ダメだこりゃ。
 そんなに広くない。うちらの教室よりずっと小さい。これだったら、こないだみたいに、午前中にお茶するつもりが午後のおやつの時間に、ってことにはならないだろうけども。
「どっこいしょっと」
 小さな椅子に座る。聞こえるように言ったつもりだけど、あれは聞こえてないな。いいの、あたしは待つ女。つか、寝ちゃおうかな。
「よんで」
 あくびして出た涙で視界がぼやけてる。誰だ。
「おねえちゃん、これよんで」
「え?」
 幼稚園くらいの、いや入る前? な感じの子どもが絵本を持ってあたしの前にいる。なんであたし。親に読んでもらいたまえよ。
 視線は一つや二つじゃない。子どもも大人もいる。何してんの、あんたたち。なんであたしを見てんの。
「!!」
 わかった。この椅子、読み聞かせの人のための椅子なんだ。本屋に椅子があるなんておかしいとは思ったんだ。なんでここだけマット敷いてるんだろうとは思ったんだけど。
「航くん――」
 て、いないし。どこいった。
 そしてわずかにざわつき始める。なんで読まないんだろう、早く読めよ、という無言の圧力。違うのかな、という表情の母親一人。そう、違うのよ。あたし、読み聞かせの人じゃないんだって。
「おねえちゃん、おねがい」
 おねがい…されちゃった。そんな瞳で小首かしげられて誰が抵抗できようか。いやできない。あたしは降参した。読んでやる。どんな結果になっても文句言うなよ。
「むかしむかしあるところに――」

「帰るぞ」
「……。
 え、うん――あれ、航くん?!」
 航くんに引っ張られて立ち上がる。店を出ると航くんは自動販売機で水を買ってあたしによこした。
「ありがと……」
 なんで水なんか、と思いながらキャップをひねって口に。
 あたしはゴクゴクゴクっとそのペットボトルの水を飲み干してしまった。
「のど乾いてた!」
「熱演だったからな」
 ……。
 そうだ、読み聞かせ。
 あれ、本当だったんだ。
 結構、声を張り上げたような気がするし。
 なんか手振りとか激しくしちゃった記憶もあるし。
 終わった後、なんか拍手されちゃって。
 子どもたちとハイタッチとかしちゃって。
「夢じゃなかったんだ……」
 航くんはあたしの手からペットボトルを抜くとごみ箱に捨てた。入れ替わりにあたしの手を引っ張る。
「また寄ろうな」
「どこに」
「本屋」
「え、やだよ! また、あんなことになったら、あたし」
 今更、からだがカッと熱くなってきた。あたし、なんてことしちゃったんだろう。
「航くんのせいだよ。あたし、もう絶対に嫌だからね、本屋なんか」
「だってさ」
「言い訳無用!」
「勉強しないと、いつまでも追いつけないじゃん」
「なにに!」
「お前に」
「え? えぇ……?」
 頭がいい人のいうことはわけわかんないよ、もう。
「ニヤニヤすんな!」

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